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「アメリカ放浪記」
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「さようなら」アメリカ放浪記50日目4/21 in Memphis
何もかもが果てしなく大きい。 

全くもって大きすぎて、自分がどんだけ小さい存在かが浮き彫りになるのを感じずにはいられない。 


最近に至っては孤独感も混じり、ホームシックなんぞに陥り、いろんな思いが俺の頭の中を苦しめる。

「俺は全てを一人でやり切らなきゃならない、しかも俺を待っている人などいない。」
「あいつやあの子だって時間と共に俺の存在なんて薄れてゆき、更にはどんな人間だったのかさえも忘れられてゆき、、、、 」

そんなろくでもない思いが、俺が眠る寝床の隣にニヤついてやがる。



小さい頃から孤独とはいつも一緒に暮らしてきて、時には一緒に仲良く遊んだりもしてきたが、
このとてつもなくでかい国で、街から街へと移動を続け、言葉も通じず、ほんのたまにしか人と心が通じ合えなくなって50日、、
そうたった2ヶ月足らずだが、時には泣きたくなるほどの格別な寂しい夜がある。 


でも分かっていた。そうなるだろうという事は。。 

いや分かっていたんじゃなくて、覚悟していたという方が近いかもしれないかな。 


ずっと憧れていた土地へ足を踏み入れ、ずっと憧れていた音楽を聞く。。 
そのリスクは何も金だけじゃない。一人でギターをポロンと鳴らしただけで
勝手に涙が出てきてしまうような自分でも理解不能な切なさもリスクの一つだ。 

「あぁ、俺はこんなに弱かったのか、、」 

「なんて自分は情けない人間なんだろうね」と。。 

しかしそれも自分自身だということは理解しているし、そんな自分だからこそ書ける歌もあるさ、
なんて自分を元気付けたり、うなずいてみたり、、
時には顔が引きつりながらもひとりで「わっはっは」と笑ってはみるものの、、そりゃ無理がある。 

でも寂しい歌ばかりではもちろんない。。震え上がるほど嬉しくてたまらない時の歌だってある。 

「寂しい」ってのは、充実して楽しい日々があり、心安らぐ人間が近くに居る空間を体で覚えているから感じる感情なんだろうな。 



全く、この国はいろんな事を大胆に教えてくれる。 



17日間の車の旅から帰り、4日ほどまたジミーの家で世話になった。 

ジミーは今からシカゴに旅立つ俺に向かってアカペラで唄ってくれた。 

曲は、生前ジミーの母がバーでピアノの弾き語りで歌っていた「My School Of Love」という歌だ。 

決して上手なわけではないがニコニコの笑顔で1940年代に書かれたボロボロの紙を見ながら、
両手を広げ、時には俺の方を向いて、時には天井を見上げて。。


、、、素敵だった。 


後にその歌の歌詞を翻訳してみて美しい愛の賛美歌だと分かった。 



荷物はすっかりまとめた。後は10時間、シカゴまで走り続けるグレイハウンドバスの発車の時刻を待つだけだ。 


さようならジミー、、さよならかわいいボニータ。。。さよならメンフィス